
1890年、ヴィクトリア朝時代の英国にて
『ドリアン・グレイの肖像』は、1889〜90年に書かれ、1890年7月、雑誌に発表された。翌1891年、序文と新たな章を加えた単行本が刊行された。
時代背景
19世紀末の英国は、世界一の大国だった。世界各地に進出し、貿易と海軍力を背景に繁栄を誇っていた。その華やかな社会では繁栄を享受するとともに、体面や道徳も重んじられ、文学にも「正しい生き方」を示すことが期待されていた。 そんな社会で、美そのものに価値を置こうとしたのが、耽美主義(たんびしゅぎ)である。芸術は、役に立つためでも、正しい生き方を教えるためでもなく、美しくあるために存在する。美を求める心と、世間が求める正しさ。そのせめぎ合いの中から、この小説は生まれた。
作品背景
作者オスカー・ワイルドは、1854年にダブリンで生まれたアイルランドの作家である。古典を学び、華やかな装いと機知に富む会話で社交界にて注目を集め、美そのものの価値を説いた。この作品を書いたのは、社交喜劇で大成功を収める少し前のことだった。 ワイルド唯一の長編小説となった本作は、男性同士の性的行為が犯罪とされた当時の英国社会で、作品の道徳観や男性同士の親密さの描写をめぐり、一部の批評家から強い非難を浴びた。翌年の単行本に添えた序文で、ワイルドは、本を道徳的か不道徳かだけで裁く見方に異を唱えた。美しい作品は、人を善くするべきなのか。この小説は、そんな論争のなかで世に出た。
物語の入口
魂と肉体の調和——それがどれほど大切なことか! 画家バジル・ホールワードは、美しい青年ドリアン・グレイと出会うことで自身の芸術に新しい可能性を見出し、その姿を肖像画に描く。そこへ現れたバジルの友人ヘンリー卿は、ドリアンに若さの価値とそれが失われる運命を説く。その鮮やかな言葉によって、ドリアンは次第に自分の美しさと、それが永遠ではないことを自覚するようになる。 美しさは、魂と肉体を結びつけるものなのか。それとも、二つを引き離していくものなのか。 老いていく自分とは対照的に、永遠に歳を取らない肖像画へ、ドリアンは強い嫉妬を覚えるが……
書誌情報
- 原題
- The Picture of Dorian Gray
- 著者
- オスカー・ワイルド
- 原文の言語
- 英語
- 成立時期
- 19世紀末(1891年版)
- 作品の形式
- 長編小説
- 底本・出典
- Ward, Lock and Co.版(1891年)
目次
21章を収録