柿の種

柿の種

震生湖より

(はがき)昨日きのうは、朝、急に思い立ち、秦野はたのの南方に、関東地震の際の山崩れのために生じた池、「震生湖しんせいこ」というのを見物および撮影に行った。……

山裂けて成しける池や水すまし

穂芒ほすすきや地震ないに裂けたる山の腹

(昭和五年十月、渋柿)

*

新宿、武蔵野館むさしのかんで、「トルクシブ」というソビエト映画を見た。

中央アジアの、人煙稀薄な曠野こうやの果てに、剣のような嶺々が、万古の雪をいただいて連なっている。

その荒漠こうばくたる虚無の中へ、ただ一筋の鉄道が、あたかも文明の触手とでもいったように、徐々に、しかし確実に延びて行くのである。

この映画の中に、おびただしい綿羊の群れを見せたシーンがある。

あんな広い野を歩くのにも、羊はほとんど身動きのできないほどに密集して歩いて行くのが妙である。

まるで白泡しらあわを立てた激流を見るようである。

新宿の通りへ出て見ると、おりから三越の新築開店の翌日であったので、あの狭い人道は非常な混雑で、ちょうどさっき映画で見た羊の群れと同じようである。

してみると、人間という動物にも、やはりどこか綿羊と共通な性質があるものと見える。

そう考えると、自分などは、まず狸たぬきか狢むじなの類かと思って、ちょっとさびしい心持ちがした。

そうして、再びかの荒漠たる中央アジアの砂漠の幻影が、この濃まやかな人波の上に、蜃気楼しんきろうのように浮かみ上がって来るのであった。

(昭和五年十一月、渋柿)